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頑張らないことを頑張る日々 [日常のこと]

1月4日に職場復帰してから3週間くらいが経過した。部長と相談して、1月4日からの3日間は午前中の半日、1月10日からは1日という勤務態勢で徐々に仕事(と言うよりも社会)に慣れていくような感じで進めることにした。今まで私がやっていた仕事は、私が出社できなくなってからは上司や部下が分担していたのだが、それらは引き続き上司や部下が担当することになり、私は進捗状況だけ確認しておけば良いということになった。普段の業務は、部下の打ち合わせに帯同したり、単純な業務(たとえばデータ打ちとか、業務計画書作成とか、電子納品作業とか、GISを使った土砂量算出とかCADを使った図面修正などなど)をやっている状況だ。残業は御法度で、定時に帰宅して家族4人で夕食を食べるという、およそ建設コンサルにあるまじき勤務を行っている。
 
 この3週間の私の状況はだいたいこんな感じ。 
  • 自宅療養中も感じていたのだが、活字を読むのが辛い。限度はTwitterの140文字程度。それも読んでいるだけで、頭の中では理解していないことが多い。今読んでいたことを覚えていないなんていう感じだ。部下から報告書の原稿チェックを依頼されたことがあったが、普段は30分もあれば終わる事に1時間半くらいかかってしまったことがあった。文献などのチェックも、現在は難しい状況だ。
  • 集中力の継続が難しい。仕事の処理スピードが半分以下に落ち込んでいる。現在の作業能力は、初めてその作業をやる派遣の女性の方々よりも遅い状況だ。
  • 人の目がかなり気になる。うつ病になった人間ってどんな感じなんだろうという奇異な目で見られている感じがする。動物園の動物はこんな毎日を送っているんだなあ・・なんて思うこともある。業務上私と関わらざるを得ない人たちは、私に相当気を遣って接している。それは大変ありがたいと思う反面、とても申し訳ないと思う。
  • 自分の感情を、意のままにコントロールできないことが相変わらずある。出社できなくなった直後に比べれば、遙かに改善されてはいるが、まだ駄目なときもある。特に前日に何かがあったたわけでもなく、その日に何かストレスがかかるイベントがあるわけでもないのに、朝目が覚めると身体が動かず、布団から出られないなんてことがある。 職場復帰以来、会社に行けなかった日が2日あった。連続して社会に復帰するというのは、それなりの壁となっている。
  • 定時に帰宅させてもらっているが、だいたい午後3時を過ぎた頃からかなりゲッソリと疲れが溜まってくる。帰宅後夕食まで昼寝(夕寝?)をしたりする毎日。
  • 朝出社前の吐き気が復活した。会社に行ってからも少し吐き気があったりする。吐き気を止めるためのど飴を多量になめたりしている。
  • 会社に行くのは、正直言ってしんどい状況だ。勤務中、心はブルーな気分。でもみんなに心配かけないように(と言うよりも、自分の状況を知られないように)なるべく笑ったり冗談を言ったりしている。これが結構辛い。
  • 会社に復帰してから早朝覚醒とまるでバケツの水をかぶったような酷い寝汗に悩まされた。先週の診察で医者にその話をしたら睡眠薬を処方された。睡眠薬を処方されてからはウソのように寝汗をかかなくなった。また夜中に目が覚めても、すぐに寝ることができるようになった。
  • 週末の下痢も復活した。でも週末ゲッソリで何もできないという状況からは脱している。というか週末が待ち遠しい。
  • 技術士会サッカーの練習に復帰した。メンバーの人たちは、社内の人よりも極々普通に復帰を喜んでくれて、極々普通に接してくれている。これがとても心地よい。今一番ストレスが発散できる場所になっている。
 今は何とか会社にいっているという状況だ。考え方もポジティブになったわけではなく、相変わらずネガティブ思考が支配しているようだ。今の状況は、たとえばこんな感じだ(いくつか正しいことがあるのかも知れない)。
  • 年度末の忙しい時に、仕事なんて言えないような作業をやって定時帰宅するような私を、周りはきっとうざいと思っているんだろう。
  • 私なんかいない方が仕事はうまく回っている。だから私に仕事をさせないのだ。きっと前からそうだったに違いない。だから、今回私が病気になったのは、私を仕事から外す千載一遇の機会で、上司や直下の部下は私が早く退職願を出すのを今か今かと待っている。
  • 仕事もできず、突然ふさぎ込んだりしてしまう男と結婚してしまった奥さんにはとても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 会社に出られなくなったどん底の頃は、何かをやる意欲とか何かを考えることなんかがあまりできなかったので、今よりも楽な状況だったのかも知れない。少し回復してきていろんなことを考えられる今はあの頃よりも辛い状況だ。時間も感覚も自我も何も感じられなくなったらいいのに・・なんて思うこともある。一番しんどいのは夜布団に入って寝るまでの暗くてしーんと静まりかえった1時間くらいだ。 
 また、家の中では家族に、会社にいれば同僚に平気な顔で作り笑いを浮かべる自分がとても嫌だし、ストレスも溜まる。そうかと言って家で布団に突っ伏しているのもしんどい。こんな状態が一体いつまで続くんだろうと思うこともある。
 
 もしかして、まだ会社に復帰するのは早かったのかも知れない。今の会社で仕事を続けるのもやっぱり無理なのかも知れない。しばらくはそんなことを考えつつ、頑張らないことを頑張るような日々が続いていくんだろうなあと思う。 どれだけ踏ん張れるか・・・。もしかしたら人生の岐路に立たされているのかもしれない。
 


うつ病になってしまったけど、なんとか社会復帰を果たしました。 [日常のこと]

 11月中旬より出社できなくなり、医者からうつ病と診断されました。 

 今、思ってみれば、1年半くらい前より夜寝られなかったり、耳鳴りがしたりという兆候がありました。

 去年の1月以降は、土日に必ず下痢になり、仕事があるのに身体が動かずに出社できないなんてことも出てきました。3月11日の東日本大震災後は、年度末の激務に加え仕事がさらに忙しくなり、3月14日朝には、酷いめまいのために会社に行けないなんてこともありました。そして7月の新潟福島豪雨以降、寝られない他に、朝早く目が覚めそれから眠れなくなるなんて症状も加わりました。

 9月頃から症状が酷くなり、寝られない日が週2~3日となったほか、毎朝出社前の吐き気との戦いが始まりました。吐き気は出社後は収まってました。また週末の虚脱感も酷くなり、楽しみにしていた技術士会サッカーの練習も9月以降は参加できなくなりました。

 11月13日の日曜日、ぐったり感がいつになく酷く、夕方までほとんどからだが動かなくなってました。そして11月14日の月曜日、朝食終了後椅子から立ち上がれなくなり(というか動けなくなり)、この頃様子が少し変だと感じていた妻の強い勧めで、医者に行くことになりました。

 医者ではアンケートのようなもの(うつ病の診断基準のようなものらしい?)を書き、カウンセラーによる面談、そして医者の問診が行われました。その結果、軽いうつ病と診断されました。朝吐き気があったため、副作用が少ないSNRI系の抗うつ剤が処方されました。睡眠薬については、かつて睡眠薬を処方されたとき、翌日の虚脱感が激しかった旨を伝えた結果、処方されませんでした。この時点で医者からは出勤してもいいのではとの所見をもらったため、翌日より普通に出勤することにしました。

 医者に行ってからは自分が病気であるということを少し受け入れはしました。翌日の火曜日、いつも通りに出社していつも通りに仕事ができました。ほっと一安心となるところですが、その当時の私は、これは病気ではなく、いつものサボりグセが強く出たのではと思っていました。これはうつ病の典型的な思考状態だと思います。そして、帰宅後はみんなに申し訳ないという罪悪感と、この先どうなるんだろうなんてことをずっと考え、すっかり気持ちがふさいでしまいました。その夜もあまり眠ることができなかったのですが、翌朝激しい頭痛に加え、体に力が全く入らなくなり、布団から起きあがることができなくなりました。

 11/16に出社できなくなってから、11/24までの約10日間は、一日16時間以上も寝ていました。疲れていたんだろうとも思いますが、起きているといろんなことを考えて辛かったこと、夜の睡眠が浅く、なかなか寝付けない、途中で目が覚めるとなかなか眠れないなどの状況が続いていたことが主因だと思います。食欲もあまりありませんでした。最初の10日間は、およそ生きるに必要な欲というものが低下するという状態でした。食欲もなく、活動的でもなく、物事を決断することに時間がかかり(食事をするとか、風呂に入るとかすら決められない)、自分では何も決められない状態でした。うつ病は、酷くなると死亡率100%の病気です。最後は自殺してしまうのです。私の場合、軽症の方だったので、自殺するという行動は起こしませんでしたが、自殺をする夢(それも、私が思っている一番最悪な自殺の方法で・・)は何度も見ました。

 11/24日以降は薬が効いてきたせいか少し気持ちが楽になり、昼食後に1-2時間昼寝をする以外は普通に起きていられるようになったほか、食事も三食摂れるようになりました。頭痛は一週間ほどで消えましたが、朝体が動かない(力が入らない)、無理に起きようととすると吐き気に襲われるなどの状況が12月初旬まで続きました。現金なもので、この症状は土日や祝日には現れません。また、集中力が続かない症状に少し苦しめられました。テレビは見れるのですが、一度に一時間以上の視聴ができない、新聞や本などの活字は10分以上読めないという状況でした。 気持ちは朝が最悪な状況で、夕方になると少し前向きな気持ちになります。夕方になると明日出社しようと考えるのですが、明日の朝になるとまたどうなっているのかがわかないという状況でした。 

 11/28に医者に行き、現状の症状、会社に行けない旨を説明しました。その結果少なくとも1ヶ月の自宅療養が必要であるとの所見をいただき、会社にその旨を報告。長期休暇に入ることになりました。 

 12月に入ってからは、少しずつ外に出るように心がけました。家内の買い物に一緒についていったり、家事の手伝い(布団の出し入れとか、皿洗いなど)、気分がいい日はパン作りなどをして過ごしました。

 12月中旬頃から、医者と社会復帰の話を始めました。医者の話ですと、社会復帰する最初のステップは、会社に出社できること、次は連続して会社に出社できることとのことです。会社に行ってもすぐにまた、出社できなくなる人が少なからずいて、その場合、再度の社会復帰はかなり困難となるとの事ですので、慎重に進めるべきであるとの事でした。そこで12月下旬に会社と話をし、会社復帰の目標を1月4日とするとともに、最初のうちは半日勤務とし、その後自分の体調と相談しながら少しずつ一日勤務としていくような方向で進めることにしました。

 そして1月4日。さすがに前日夜ほとんど寝ることができませんでしたが、普通に起床し、普通に朝食を取り、普通に出社することができました。1月4日は皆さんへの挨拶と今までの業務進捗状況の報告をもらって終わり、1月5日は出勤簿の記載と、総務の方と休暇期間の取り扱いについて説明を受け、休暇の手続きをして終わり、1月6日は発注者への打ち合わせに行きました。途中激しい腹痛に襲われ中座するなどのアクシデントがありましたが何とか終了。そんな感じで新年第1週の勤務が終わりました。今後は少しずつ1日勤務ができるように身体を慣らしていくことに心がけたいと思っています。

 そんな状況で現在に至ります。現在はふさいだ気持ちになることは少なくなりましたが、ちょっとしたきっかけで寝込んでしまうことがたまにあります。自分の感情を自分でコントロールすることが未だ難しいと言った状況です。テレビや音楽を聴くことはできるようになりましたが、活字を書いたり読んだりするのは相変わらず苦手です(この文章を書くのも実は3日がかりだったりします)。集中力の持続が難しいといった症状にも少し悩まされています。

 医者やカウンセラーとも話をしましたが、私の場合、最終的にうつ病になった「きっかけ」というものがよく分からないとのことです。実はうつ病の場合、はっきりした原因が分からず、長期間のストレスなどの積み重ねにより、あるとき、坂道を急に下り落ちるように悪化するというケースがほとんどとのようです。何か原因がある場合には、適応障害や不安障害など、別の病気に区分されるとのことです。また、医者やカウンセラーの所見では、少なくても1年半前に不眠症が始まった頃、もしくはH18年に不眠症で苦しんでいた頃から、抑うつ状態(うつ病の前駆的症状)がずーっと続いていたのではないかとのことでした。ですので、私がうつ病になった原因は、自分の器を上回るような職責を与えられたほか、仕事によるストレスが継続したことにより発症したようです。 

 1月4日に業務の進捗状況を受けて考えたのは、11月中旬頃の身体の状態で私がそのまま仕事を続けていても、現状のような業務進捗は果たしていなかっただろうということです。社会的な責務と言った観点からみれば、私が会社を休んだのは良かったと思っています。それと同時に、私がいなくとも仕事は何とかなる、私がいない方が仕事はスムーズに進むということも感じました。私は一昨年の暮れ頃から、今の会社で仕事を続けることに限界を感じていました。そのため去年は「落ち着くプロジェクトなる目標を立て、自分の持ち家を持つ、転職先を決定する、退職するという方向性で生活をしていました。今の会社に居続けることに限界を感じているという気持ち、私が今までやっていた仕事を続ける自信が無いといった気持ちは、うつ病発症前以上に強く感じています。現状では今後どうするのかをはっきりと決める時期ではありませんし、そういう心の状態ではないと思っています。ただ、そんなもやもやに対して、いずれ決断を下す時期が来ると考えています。

 

今日の1曲 いつか/山下達郎 


今年の目標 [日常のこと]

 あけましておめでとうございます。

 昨年11月14日より会社に出社できなくなり、うつ病と診断されました。

 人生をもう一度リセットしてやり直すことになってしまいました。

 そんな状況ですので、今年の目標は、以下の3つです。

 

  1. 社会に復帰すること
  2. 連続して社会生活を営めること
  3. それを年末まで続けること
 他の人から見れば、目標にすらならないことばかりですが、
 今年の私はとりあえずここから始めようと思います。
 
 薬が効いているせいか、ふさいだ気持ちでいることは少なくなっているのですが、気持ちのコントロールを自分の意志で行うことがなかなか難しいため、明日にならないと出社できるかどうか分かりません。正直なところ、現時点ではみんなに合わす顔がないといった気持ちが強いです。あと、会社だってこんな私を今更必要としているかどうかも分かりませんしね。
 
 とりあえず、明日出社できるかどうか。最初の山です。
 
 
 今年最初の1曲 Rolling in the Deep / Adele
 今年のグラミーは多分これで決まり。
 

 


昔そこにあった場所 [日常のこと]

  先日、僕が小学校の頃過ごした街に行ってきた。昔は田んぼしかなかったその街は、立派な郊外都市となっていた。オート三輪とかボンネットバスがまだ走っていたメインストリートは道幅が広くなっていて、少し街のはずれにあった木造の駅は、近代的な建物にその姿を変えていた。

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  小さな頃、親父は不規則な業務シフトの中で仕事をしていて、親父の休みが僕たちの休みと重なることはあまりなかった。おまけに貧乏だった我が家は、誰も寄りつかないような借家で暮らしていた。我が家はいわば母子家庭のような生活だったが、お袋は僕たちの前では愚痴一つこぼさず、できが悪い息子たちを一生懸命に育てた。親父はいわゆる肉体労働をしていたので、休日になるとさぞかし休みたかったに違いない。それでも親父は休日になると僕たちとお袋をいろんなところに遊びに連れて行ってくれた。

  駅からバイパスにつながる道には、その街で一番大きな病院の他に、なにもなかった。僕が小学校3年生の時、田んぼを埋め立てて小さなボーリング場ができ、僕たち家族はよくそこに遊びに行った。家から車で10分くらいの道のりだったが、親父が運転する車中10分間の道のりが、とても長く、そしてとても楽しい時間だった。

  そんな楽しい思い出があったボーリング場は、道沿いにあった田んぼとともになくなってしまい、今では住宅街と郊外レストランが林立するごくありふれた景色へと変化してしまった。
 
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 もう、この街には僕たちが住んでいた面影は残っていなかった。
 すべては、僕の記憶の中だけ残っている。
 
 あのときの親父はきっと夢を持っていて、あのときのお袋は僕たちに夢を託していた。
 そして僕たちはそんな親の愛情をいっぱいに受け、ふわふわとした幸せな生活を送っていた。 
 
 
 今の僕は、どうなんだろう。
 
 あの頃のように、僕は今でもピュアに人生を歩んでいるんだろうか。
  
 自分の子供達があとで懐かしめるような思い出を、僕は残してあげているんだろうか。
 娘達は、幸せな日々を送っているって思っているんだろうか。 
 
 
 きっと、何ひとつできていやしない。 反吐が出るくらい情けない この頃の僕の毎日。
 
 
 
 
 今日の1曲 Cry Baby / SEAMO 
  
  
  

  



ちょっとげっそりな日 [日常のこと]

 日曜日の夜はなかなか寝付けずに朝を迎え、最悪のコンディションで月曜日を迎えるという状況がこの頃続いている。今から5年くらい前と似たような状況だ。こんなことが続いていくと、コンディション不良である日が少しずつ増えていき、仕事にも、そして日常にも弊害が生じてくる。週末はげっそりとなってしまい、技術士会のサッカー練習も9月の中旬から不参加が続いている。

 火曜日の今日も、どうもすっきりとしない1日だった。そんな中、部長を現場に案内し、その間に安パトの対応(なんでうちの現場ばっかり月に2回もくるの?)、 安パト終了後昼食を取りながら部長と1時間ほどの話し合い(内容はひ・み・つ)、それが終わったら溜まりに溜まったコア読みを始め、途中昨日した仕事にミスがあったとの部長代理からのメールにげんなりしつつ謝罪の返信をし・・・、帰社後は部下との打ち合わせをこなしていたら、9時を回る前にはグロッキー状態。なんだか少しふらふらしながらもハイな状態で帰宅した。

 そんな中でも、仕事はそれなりに順調に進んでいるのでとりあえず大丈夫。 

 明日はどんな1日が待っているのやら。 それよりもこれから布団に入ってちゃんと寝ることの方が大事だな。

 

 今日の1曲 Hey Bulludog /The Beatles

  私がBeatlesを10曲選ぶとしたら必ず入る曲。

  年齢によって無邪気さの度合いを計ることもある

  君は自分の内に潜む不安に耳を貸すことを知らない 

   俺に話しかけてみろよ 話し相手になってあげる

  寂しいんだったら僕に話しかけてみろよ。

 


週末のパン111106チョコシートを挟んだテーブルロール [クッキング]

 日曜日は仕事だったので昨日作ったパン。チョコシートを挟んだテーブルロールです。

 小麦粉300gを使って16個できあがりました。 

     111106チョコシートを挟んだテーブルロール1.jpg 

 一つとして同じものができあがりません。大きさが違うのはカットの問題です。

     111106チョコシートを挟んだテーブルロール2.jpg 

 それよりも、何よりも問題なのは、このパン、劣化が早いのです。昨日の今頃(23時頃)に完成したのに、今朝はぽそぽそ、夕方にはパサパサになってしまいます。何が問題でしょ?

 

 今日の1曲 Lovefool / The Cardigans 

 


つかの間の休暇 [日常のこと]

 20年も仕事をしていると、だいたい自分の1週間の調子なんていうのが決まってくるものだ。

 週初め月曜日は、いまいちの状況から始まり、週が進むにつれてだんだん調子が出てくる。私の場合は水曜日がピークで、木曜日に一度ガクンと落ち込む。そして金曜日は火曜日と水曜日の間くらいの調子になって、少しパワーが落ちたまま週末を迎えるといった具合である。

 今日は、週の中で一番調子が悪い木曜日だった。祝日といえども木曜日、昨日の「100m分のコア写真+コア読み」という肉体的・精神的疲れが重くのしかかっていた。ここ数年間頻発する「休日お腹が緩くなる」状態は、祝日といえども同じで、今日は朝食終了後、しばらくトイレに閉じこもり、そのまま布団に潜り込んでお昼を迎え、サッカーを見ながらパンをゆっくりと作るといった、おそよ文化の日らしくない最低の1日を過ごした。

 夕方になって、お腹が緩い状態はまだ続いているけれど、とりあえず少し元気になってきたような気がする。そういう感じで僕は、調子をとりもどす明日を迎えているのだろう。

 今週は、だいたい思うように仕事が進んでいる。あと1週間もすれば、新潟福島豪雨関連の災害調査が本格化するらしい。その前に、今抱えている仕事を終わらせて、きれいな身体で新しい仕事を迎えたいと日々奮闘中である。私の所には都合3件の災害業務が飛び込んでくるようだ。現在抱えている者も含めると計5件。通常業務だけやれる部員を少しうらやましいと思いつつ、まあ私が生きる場所は災害対応くらいしか無いというのも事実なので、まあ、自分の存在が生かされる場所がある今年は、良しとすべきなんだろうと、思う。

 今日は、そんなつかの間の休暇。あまり生産的でなかった文化の日。

 

 

 どうでもいい話だけど、年頭に掲げた3つの落ち着くプロジェクト、その2、その3がじわじわ進行中だ。近日公開なるか(まあ、公開はきっと年明けになってしまうと思う)。

 

 今日の1曲 ダンスはうまく踊れない / 井上陽水

 

 


今年も技術士筆記試験合格者が誕生した。 [日常のこと]

 今日は、久しぶりに1日内業をしていた。とはいっても月曜日。世の中が動き始めたという感じだった。やったことの半分は、今日来た依頼に関するもの、現場をスムーズに動かすための段取り、明日以降の業務調整などなど。本来の目的だった報告書作成は、思っていた2/3くらいの時間しか裂くことができなかった。それでも何とか完成させて、打ち合わせ用の仮製本まで終わらせた。今朝、漠然と思っていた予定帰宅時間は8時。実際の帰宅時間は8時10分。何か予定通りの1日だった。

 今朝、うれしいニュースが入ってきた。それなりの実力を持ちながら、なかなか上層部からの評価があがらなかった同僚が、技術士筆記試験を突破したのだ。部内で期待されていた人たちが軒並み落ちちゃったので、上層部の雰囲気はやや微妙ではあったが、それはそれとして、何となく和やかな雰囲気になった。

 うちの部の場合、技術士に合格出来る人間は、はっきりと「技術士試験の勉強をしている」といえる人が多い。彼も通勤時間や休日を利用して、こつこつと勉強していたようだ。分からないことは私や同僚などに聞いたりして、頑張っていたのだ。コソコソしている人間は、なかなか合格することはできない。 

 彼も私と同じように、筆記試験を落ち続けたという経歴の持ち主である。私が筆記試験を通ったときは、このチャンスを逃したら、おそらく私は二度と技術士になることはできない・・。などというメチャクチャネガティブな思い込みをして、そんな状態だったから、あれもしなきゃ、これもしなきゃなんて気ばかり焦って何も手につかず、面接はガチガチに緊張して、受け答えがちぐはぐ。これで合格出来たのだから、私の場合は本当にラッキーだったとしか言いようがない。

 でも、よくよく考えてみれば、筆記試験を合格出来るくらいなのだから、もはやそれほど恐れることも無いはずなのだ。この考え方ができるかどうかなんだろうけど、そう思うことはよほどの手応えがある人間じゃなければ難しい。

 まあ、昔のMacのマニュアルのように、困ったことがあったらすでに技術士の人間に聞いてみればいいのだ。いろんな経験や試練を積んでいるから、きっといいアドバイスをもらえるはずなのだ。我が部は25人くらいの小さなセクションであるが、幸いにも技術士取得者が10人いるのだ。 その10人のほとんどは、お節介なくらい世話好きな人間だ。ぜひともこの環境を貪欲に利用して、面接も突破して欲しいと思う。

 

 今日の1曲 近未来 / 奥田民生

 


58mのヘディングシュート [サッカー]

 すごいというよりも・・・・・。

 

  

週末のパン111030フォカッチャ [クッキング]

 明日の朝食は、フォカッチャ。

 1ヶ月くらい前に作ったフォカッチャが「奇跡的に美味しかった」んだけど、

 果たして、その再現なるか。

     111030フォカッチャ.jpg 


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